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町でうわさの本読みブログ

誰にも気づかれないうちにタイトル変更。現在は読書感想と、日常の面白いことについてつづります。

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「もたない男」 中崎タツヤ

エッセイ

お片づけ本とか、シンプルインテリアの本、といったものが好きなのです。

そういう本を読んで、自分が本来あまり持っていない

「お片づけ欲」を発揮させたいのです。

 

が、この本はちょっとすごいですわ。

この方は漫画家さんなのですが、仕事部屋には机と椅子しかなく、

毎日毎日、引っ越ししたてのよう。

 

とにかく余計なものは捨てたい人らしく、

文庫本の読んだページも捨てていく。

本を捨てるんじゃないですよ(最終的には捨てるのでしょうが)。

ページを破り捨てるのです。

 

その方法は、わかりやすくイラストで紹介。

本に残った糊の削り取りかたも、わかりやすく説明しています。

 

わー、ステキ。今度ぜひやってみよう。

な~んて思いません、ふつうは。

 

ご本人も、別に真似してほしいわけではなく、

ただ淡々と自分の捨てライフを述べているだけ。

 

巻末の解説というか、

南伸坊さんと断捨離のやましたひでこさんの対談で、

やましたさんは「ふつうはスケベ心でつい啓発しようとする」とおっしゃっていました。

 

そうなんですよね。断捨離本は好きだけれど、

ときどきハナにつくんだなあ(えらそーに)。

 

この本はそういうところは一切ないが、

同時に参考にもならない。

 

いや、参考にしようなどというスケベ心は捨てて、

ただ楽しめばいいのである。

 

もたない男 (新潮文庫)

もたない男 (新潮文庫)

 

 

 

 

「三四郎はそれから門を出た」 三浦しをん

エッセイ

2006年に出た書評集です(書評以外のエッセイもありますが)。

文庫版は2010年に出版。

 

私はこの方の文章が好きなのですが、中でも書評が好きです。

本当に本が好きで、実に楽しそうに紹介しています。

そして、読むジャンルの広さ、語彙の豊富さ、考察の深さに感嘆するばかり。

といってもシリアスな書評ではなく、

読み手を楽しませようという心意気の感じられる、明るく楽しい本です。

 

とか言いながら、私はこの方が紹介した本を実際に読んだことは

ほとんどありません。

 

がーん! なんて奴!

 

あ、いや、その、なんていうか読んでみて

「書評のほうがよかった~」なんて感想になったらアレかな、

という余計な恐怖心からなかなか手を出せずにいるのです。

 

でも、前回書いた「罪と罰」は読みたいな。これは本気ですよ。

本気で思うだけなら誰でもできる! と、勝手に自分に喝を入れてみました。

 

あと、非常に畏れ多いのですが、「ああ~、わかる」という部分もあります。

例えば「どんな本を所持しているかを知られるのは、自分の脳みその中を隅々まで覗きこまれるのに等しい」という一文。

これ、恥ずかしいですよね、本当に。

別にやらしい本とか持ってるわけでもないのに。

 

でも、他人がどんな本を読んでいるかは知りたい。

一方的なスケベ心ですみません。

 

他にも、しをんさん(と、勝手に親しげに呼ぶ)は

ベルばら、宝塚、そして手ぬぐいが好きなあたり、私とぴったり!

きっと仲良くなれるわ、私たち!

 

あ~、ほんと畏れ多くて大変申し訳ないです。

 

三四郎はそれから門を出た (ポプラ文庫)

三四郎はそれから門を出た (ポプラ文庫)

 

 

『罪と罰』を読まない

ノンフィクション

これは

岸本佐知子さん(翻訳家、エッセイスト)

三浦しをんさん(小説家)

吉田篤弘さん

吉田浩美さん(ともにクラフト・エヴィング商會というデザイナー)

の4名が、読んだこともない「罪と罰」を勝手に内容を推理しちゃおう、

という大胆すぎる本です。

 

かくいう私も「罪と罰」、挫折しました。でへへ。

 

著者も読者である私も、この名作のことをあまり知らないまま、

話は進むのです。

 

どうなることかと思いましたが、いやあ~、もうめちゃくちゃ面白いわ!

主人公の名前がラスコーリニコフと長いもんだから、

勝手に「ラスコ」といったり、

作者のドフトエフスキーは「ドフト」

ほかにも、暑苦しいキャラは「修造」とか。

もう、なんでもありですな。

 

読んでるこちらは声を出しての大笑い。

しかし、単に茶化しているわけではありません。

 

根底には、本に対する愛情と、きっちりした観察眼がある。

この世界的名作はたまたま読んではいなかったけれど、

これまでに相当数の本を読み、その内容をしっかり読み取り、

感想や分析を言葉で表してきた人たちです。

 

一般人が座談会をしても、多分こんなに面白くはならないでしょう。

教養が違うというか。

 

あと、印象深かったのは、吉田浩美さんの話。

この方は以前テレビであらすじを紹介された

ものを見ていたそうです。

 

で、今回再びその番組を見たら、ご自分の記憶とかなり違っていたそうな。

実際にはなかった場面まで、記憶のなかで作ってしまったのでした。

 

ご本人はショックを受けていたようですが、

そういうこと、あるらしいですよ。

 

今読んでいる本に、まさに書いてありました。

人は「偽りの記憶」を作り出せるそうな。

この本の感想もいずれ書きたいとは思っております。

 

さて、この4名の方々はその後、実際に「罪と罰」を読みました。

感想はやっぱりというか、当然、とても面白かったそうです。

そりゃそうか。世界的名作ですもん。

 

好きなキャラやシーンについての語り、分析など、

クールさとユーモアがたっぷり。

 

う~ん、やっぱり私もちゃんと「罪と罰」を読むしかないか!

 

 

 

 

 

 

 

オオカミ少女はいなかった 鈴木光太郎

ノンフィクション

 

 

心理学における「神話」について書かれた本です。

ここでいう「神話」とは、古事記とかではなく、

間違いなのに、本当のことだと信じられて何度もよみがえる話をいいます。

 

で、具体的に取り上げられているのは、

まずはタイトルにもなっている「オオカミに育てられた少女」の話。

 

これは有名ですね。

100年ほど前、インドで、オオカミに育てられた二人の少女が発見される。

その後二人は人間のもとで育てられるが、

生肉を食べるなどオオカミのような暮らしをし、

結局、人間らしい暮らしは出来なかった、というもの。

 

んで、これウソなんだって。

そんな少女たちはいなかったんだって。

 

ええ~うっそ~!!

 

オオカミが人間を育てるなんて、ありえないことだそうな。

ならばなぜ、そんな話が長い間信じられていたのか、

詳しくは本書をお読みください。

(なんか手抜きの文章ですな、我ながら)

 

ほかにもあの有名なサブリミナル効果についても書かれています。

映画を見ている最中に、コーラとポップコーンが

食べたくなるという例のアレですね。

 

これも、信憑性がない話なのでした。

 

とにかくありり~とか、ええ~の連続です。

きっと反論もいろいろあるのでしょうが、

物事をさまざまな角度から見よう、

そこからまた新しいことが見えてくる、

ということを教えてくれる本です。

 

あと、この鈴木先生は(大学教授です)、トンデモ論を展開する人に対する

突っ込みがすごい。

「本気で言っているのだろうか」とか

「なにをバカなことを」とか。

もちろん、名指しで。

 

先生、月の出ない夜はお気をつけくださいませ。

 

増補 オオカミ少女はいなかった: スキャンダラスな心理学 (ちくま文庫)

増補 オオカミ少女はいなかった: スキャンダラスな心理学 (ちくま文庫)

 
 

宝塚式「ブスの25箇条」に学ぶ「美人」養成講座 貴城けい

宝塚

長いタイトルですなあ。キーボードで打ち込んでみて改めて思いますわ。

 

元宝塚トップスター、貴城(たかしろ)けいさんによる

自分磨きの本、とでもいうべきでしょうか。

 

「ブスの25箇条」というのは劇団内のある場所に貼りだされているそうな。

例えば

1 笑顔がない

2 お礼を言わない

3 おいしいと言わない

4 目が輝いていない

5 精気がない 

などなどほんとに25個。

 

これ、面白いのはすべて否定形ということ。

 

あ、以前見たどこかの記事では外見について書かれていない、

とあったけど、まあ宝塚に入った時点で、それは平均以上ということだもの。

あとは内面が大事、ということなのかな、と受け止めました。

 

で、否定形の話に戻りますが、ふつうに考えれば

「笑顔がない」よりも「笑顔になろう」のほうがいいですよね。

宝塚のような夢を売りにする世界で、なぜ否定的な言い方をするのかなあ

と思っていたのですが、これ、敢えてなのかも。

 

壁に貼られた「笑顔がない」という言葉を見て、

「あ、それ今の私かも!」と、ギクッ! とする、

それをきっかけに自分を見つめ直す、という効果を狙っているのかな、と。

 

実際はたまたま否定形で書かれただけかもしれませんが。

 

宝塚はよく知られているように特殊な世界です。

私たちが参考にできるようなことは一見ないような感じもしますが

(音楽学校では毎朝1時間かけて掃除をしていたそうな)

この25箇条を見てギクッ!とすることだけは出来そうです。

そうなれば気分だけでもタカラジェンヌに近づける!?

 

宝塚式「ブスの25箇条」に学ぶ「美人」養成講座 (講談社+α文庫)

宝塚式「ブスの25箇条」に学ぶ「美人」養成講座 (講談社+α文庫)

 

 

 

 

 

 

「あしながおじさん」 ウェブスター

海外文学

えー、これめちゃくちゃおもしろーい、超おすすめー!

興奮ぎみにこう言うだけでは全然良さが伝わらないので、

落ち着いて説明します。

 

孤児院育ちのジュディが、ある匿名の慈善家の援助を受けて、

大学へ行くことに。

条件は、その人に学校生活のことを書いた手紙を送ること。

もちろん返事はなし、ということで。

 

そんなわけでこの作品は、ジュディからあしながおじさん

(ジュディはその慈善家のことをそう名付けた)への手紙、

という形で進行します。

 

このジュディの手紙が、いい味出してるんですよ!

ユーモアたっぷり、簡単なイラストも面白い!

 

あしながおじさんがこの手紙を楽しく読んでる様子が伝わってくるよう。

そりゃジュディに会ってみたくなりますわ。

 

んで、ほんとに会いに来るのである。あしながさんは。

もちろん、正体はかくして。

ジュディの大学での友人の叔父なのだが、

姪に会うためにやってきたジャーヴィさん、ということで。

 

もともと、姪とはとくに親しいわけでもなかったらしいが、

ジュディが気になるジャーヴィとしては、そんなことはかまわん!

親切な叔父として、ジュディに急接近。

ジュディもジャーヴィさんに好意を持ったようだし。

(それはジュディがあしながおじさんに宛てた手紙で確認済)

 

その後、ジャーヴィは次第に暴走。

ジュディがほかの友人のお兄さんと仲良くなったのを知ると、

夏休みはその友人の家へは行かせず、

農園で過ごすように、とあしながおじさんとして言いつける。

そしてもちろん自分は、その農園へジャーヴィとして遊びに行く。

 

で、いろいろあってジュディにプロポーズするが、断られ、

ショックで(とは書いてないけど、絶対そうだ)一晩中豪雨に打たれ、肺炎に。

 

その後、ジュディがあしながおじさんに宛てた手紙により、

彼女がプロポーズを断った本心を知る。

 

そして、誰もが知るハッピーエンドに…。

 

とまあ、あしながおじさんの揺れる恋心を長々と解説してしまったが、

小説自体にはおじさんの心情は一切書かれていないのです。

 

すべて、ジュディの主観による手紙、という形で話は進められるので。

それなのに、おじさんの気持ちは手に取るようにわかってしまう。

読者ここまで想像させるとは、やはりとんでもない作品です。

 

あしながおじさん (新潮文庫)

あしながおじさん (新潮文庫)